石沈みて木の葉浮く

石は沈みて木の葉浮く

イラスト文章 つれづれ 学生

漫画みたいな部の話

「入部したい部活がある人は、まず顧問の先生に声をかけて見学に行ってみてください。その上でそこで入部届を貰ってね」

 

 入学直後の全体ガイダンスにて、担任は新入生たる我々にそう指示していた。

 部活動というものは、高校生活において重要視する者もいれば、全くしないものもいる。私は比較的後者。高校は兎角『勉強』をするところだと思っていた節があるためだ。しかしその時の私の頭の中には一つ、希望部活動の名前が挙がっていた。

 授業開始後数日経った頃、初めてあった生物の授業。チャイムと共に入ってきたおじさん先生の頭頂を見て、私は第一印象として「こりゃあ輝かしいな」……と、思った、と記憶している。まだ誰にも言ったことがない、スーパー無礼である。

 初回だったため、高校生物ではこんなことをします、こういう進行をしますなど簡易的なガイダンスでその授業は終了し、生徒らの喧騒の中先生は出席簿を持って教室を出て行った。私は机上の学業道具もそのままに立ち上がってその背を追い、その後頭に声をかけた。

「はい」

サイエンス部の見学に行きたいです」

 これはとっくのとうに決めていた。高校生活では部活動に熱心に打ち込みたいとか、部活で素敵な出会いをして青春を過ごしたいだとか、そのような野望があったわけではない。私の中にはただただ単純な希望的観測が一つ、あるのみだっただけであり。

 廊下の端で向き合う私と先生の背後で、クラスメイト達は話しながらロッカーをがしゃがしゃ開け次の授業の準備をしている。サイエンス部顧問は私の言葉を聞いて、うんと頷くと同時に───若干眉根を寄せて戸惑うような困ったような顔をして、続けて私にこう言った。

 

「いいけど、うち、変な奴しかいないよ……

「大丈夫です。私は変な奴が好きなので」

 

 ……私の即答に、おじさんは明らかに引いていた。

 

 ※これは事実を元にした、脚色入りのエッセイです。登場する人物は実際におりますが名前は改変し状況なども少しフェイクを入れて個人特定は避けています。

 

  ◆◆◆ 

 

 タイトルとした“漫画みたいな”、とは『漫画みたいな展開が起きまくる面白部活』という意味合いだ。

 サイエンス部。

 この短い人生において、ただただ新たなるド変人に出会いたいがために私が即答で入った我が母校の文化部の一つは、私の見込み通りに変人とオタクと物好きが集中するタイプの愉快な集まりだった。

 活動日は週3回。だが月初めに生徒の委員会や先生の職員会議やその他行事を考慮して活動できる日を絞り、カレンダーに赤丸をつけて理科室外の白板に貼り付けておくのだ。だから週3回分も活動はしていなかったかもしれない。

 活動内容は至極単純、『色んな実験やろうぜ』。中高生(中高一貫校だったので)が手を出すことのできる規模の範囲内の、中高生の部活として部費を使えるモノを買って、学校の授業ではやらなかったりするような実験をやろう、というのが一応の活動内容だった。実態は後述する。

 また、文化祭では展示物や実験ショーを企画したり、夏休みに皆で科学系施設見学へ行ったりなど、そこそこに満ちた日々を送っていた気がする。

 

 3年間、否、実際には自身の受験期を差し引いて2年半欠かさず楽しんでいた部活の話であり、かなり長いためいい感じに割愛もしていい感じに3点に分けて記述しようと思う。

 

 

活動その他は全体的にスットコドッコイ

 例えば火を使う実験をしたいとする。高校生レベルの扱う火とは、ガスバーナーが主であるが、例えばそれを使ってガラス棒を溶かしたいとする。

※【解説】オランダの涙:バーナーなどで溶かしたガラスの液滴を冷水に入れて瞬時に冷え固まらせた雫状の物体。ガラスが伸びて糸のようになったところをニッパーなどで切るだけで、涙全体がかなりの衝撃と共に木っ端微塵に爆裂する。私はこれで後輩をしこたまビビらせて半泣きにさせた。

 サイエンス部の規則(曖昧)の一つに、『火を使う際は顧問の立ち会いのもとでなければならない』というものがあった。そのため火を使う実験を企画する際は事前に顧問の予定とすり合わせを行なわなければならない。職員会議などがあるかもしれないからね。

 ここまでは至極当たり前、なんの障害もないが問題は此処からである。

 まず第一に、顧問が全然捕まらん。これは全く科学的根拠のないジンクス的な話だが、部員が顧問を探すとまず見つからず、探すのをやめた途端出てくるのだ。

「澄ちゃん澄ちゃん、ちょっと先生探しに行ってくれない?」

「分かりました。お待ちになっててください」

 部長からの指示に部室たる理科室を出る。廊下を走って教員室に行く。居ない。その場の先生方に行方を聞く。「知らない」。階段を降りて顧問が担任をやっているクラスを見に行く。居ない。一度部室に帰って探索報告がてら顧問がこっそり部室に行っていないか確認する。居ない。階段を登って顧問が担当をしている放課後掃除場所を見に行く。居ない。階段を登ってもう一度教員室に行く。居ない。何処にいるのかその辺の先生にお聞きする。「知らない」居 な い

 そうして私は疲弊して理科室に帰ってくる。

「あれ〜石澄さんどこ行ってたのぉ〜?」

 息を切らした私をお迎えしてくれるのは、にこにこ首を傾げている顧問その人なのだった。チクショウ まあ慣れというものもあるので、徐々に皆顧問探しは早々に切り上げるようになった。そして「しょうがないね〜」とみんなで理科室で茶を淹れ飲みつつお喋りをした。因みに理科室は飲食厳禁である。

 皆で茶をしばいていると、一向に呼ばれる気配がないじゃんとばかりに顧問が自ら理科室を訪ねてきた。

「……。みんな今これ何の時間なの」

「実験する予定だったんですけど先生が見つかんなかったので、みんなでお喋りタイムしててもう17時なのでそろそろ帰ろうか〜って言ってました」

「そう……(´・ω・`)」

 寂しそうな顔をして顧問はそっと戸を閉め帰っていった。

 しばいた茶のティーバッグの袋は円筒状にして点火し、天井方向へ飛ばすなどして部費使用の名目とした(上昇気流の原理を利用している。動画で調べると子供向け実験の一つとしてよく出てくるぞ)。

 

 第二に、そもそも顧問が学校にいないこと自体が非常に多いのだ。

 これはちゃんと理由があり、それは顧問の結構深刻な持病である。多分太陽神と渾名がつけられる所以たる御ハゲもこれが原因ではなかっただろうか 朝起きた時点で「無理」になる事が多いらしく倒れるタイミングが予測不可、学校にいる間も稀に頭を抑えてフラついている(稀にある言動『一、二限の記憶がちょっとない』)、そして定期的に注射をしないと死ぬ(ガチ)、そんな超絶深刻な病を持っているのが我々の顧問だった。

 ※なのに持病以外の流行病などには異常に強く、某イから始まるあれが毎年大流行してもピンピンしていた上、現在の災禍の中でも大変元気そうに先生をやっている。なんで?

「顧問、よく休みますねえ部長」

「あ〜あの人ね、こうこうこんな持病なんだって去年教えてもらったよ」

 聞いた時の衝撃ったら。確かに考えてみれば生物の授業は自習が多く、一週間以上学校にいない事もしばしばだなぁと思っていたが、よく考えれば私立高校教員としては異常である。文化祭の後など、丸々2週間居なかったことがあった。

 しかしながらこの事について、私含め全て部員は理解が深かった。「今日顧問休みだよ」と言われたら、「じゃあしょうがないね〜」とみんなで理科室で茶を淹れ飲みつつお喋りをした。因みに理科室は飲食厳禁である。

「顧問先生、10日間休んでおられたけど、もう大丈夫なんですか」

「ああそりゃもうお陰さm……待ってイヤに正確に把握してるの怖いんだけど」

「そりゃ顧問の車のナンバーと車種覚えてますからね」

「怖あ!」

「そういや今日のはいつもの2台とは違いましたけど、車検ですか?」

怖あ!!! 」 ※結局3台持ちだったと聞かされた気がする

 なお顧問自身の住所も諸事情あって何故か特定できちゃったので、意図せず脅してしまった(「〇〇市にお住いですか?」「〇〇区ですか?」「〇〇町ですか……?」と徐々に絞り上げた質問でビビり上がらせた)ことがある。申し訳がなかった。実はその日の顧問の生物授業の有無が正確に分かるとして、私は密かにクラスメイトにも重宝されていた。自習だと最初から分かってると移動教室先へ別科目の道具を持っていけるからね

 

 行なった実験として覚えているのは……石鹸製作やらダイラタンシー実験やら尿素結晶やら、今から考えれば高校生がいる科学系部活動としてはショボショボのショボだったなあと思う。メントスコーラという今時のユーチューバーがやっているものもたまに屋外でぶち上げ、ランニング中の運動部にゴミでも見るような目で見られた(全員白衣を着ていて大学病院の大規模回診みたいになっていたから)

 勿論皆理系が好きで集まっていた訳であるし、そりゃ密閉空間に小麦粉を撒いて点火したり(粉塵爆発)酸化鉄とアルミ粉末を燃やしたかった(テルミット反応)し、ホウ酸を練りこんだ団子を量産して学校中に撒きたかった。が、結局アブないねぇ材料費計算めんどくさいねぇでやらなかった。多くて月に3回程度の頻度で小〜中規模の実験をして遊んだ。

 

 よく覚えている企画は、私が先輩となってそこそこ経った頃。

 可愛い可愛い男子中学生の後輩がいっぱい出来ていた。あのくらいの男子中学生の可愛さって何なんでしょうか? 「あっ! 石澄先輩じゃないですか〜!」と向日葵の如き笑顔で諸手を広げて駆け寄ってくるんです。第二理科室へ用があってちょっと侵入している私のあとをつけてこっそり覗きに来たり。それで夏休み一ヶ月会ってない間にめちゃくちゃ背が伸びて変遷期を挟まずに「お。石澄先輩」の声が声変わりしているんですよ。本当に可愛かった。体育後で疲労してやや目つきが悪くなっている私を過度に恐れて「ヒイッ」と悲鳴をあげていたのには今も些か納得いっていない

 話を戻す。秋のある日集まった後輩たちに私は言った。

「ラットの解剖をやりたいと思わんか」

「解剖ですか!? やったあ!! ぼく解剖とかやってみたかったんですよぉ!」

 後輩のうちの一人のシバ君は眼鏡の奥の目を満天の星空の如く輝かせ、その場でぴょんぴょん飛びそうな勢いであった。解剖など、この年頃の理系好きの青少年にとって典型的な 「少年クン、こういうのが好きなんでしょ……?」 の奴だと思っていたし、実際告知の時点でウケた。来週やるから、忘れず来るんだよと伝え。

 いざその日になってラット解剖の日。

「……。…………………」

「どうしたね、シバ君。そんなにドン引いた顔をして」

 体調15〜20cmはあろうかという解凍ラットの死体をドンと台に置くと、直前まで跳ねていたシバ君どころか後輩の殆どが面白いほどに静かになった。

「あんなにノリにノっていた君は何処へ行ってん」

「いやぼくちょっとやっぱrウワー!! 臭いスゴイ! ウワァ!!! ぼくちょっと空気吸ってきます」

「わっはっはっは」

 こうやって青少年の死生観や生命の尊厳についての考えが育まれてゆくのだなあ、と胸骨をハサミで断截しながら私はしみじみと思った。特にトラウマにもさせる事はなく最終的に楽しそうに臓器を引っ張り出していたのでいいだろう。結構解剖としては青少年的な残酷さの手法を彼らは取っていたが、まあ授業などで怒られる前に部活で指摘してやれたという事で良かったと思う。

「石澄さんは上手いですね。解剖は何回目ですか?」

「初めてですね」

「え?」

「えっ?」

 解剖の時だけお呼ばれした仮面副顧問の先生(医学部卒)の素っ頓狂な顔を忘れられない。ネットにあがっている動画で予習していたからであるが、のちに大学にて死にたてホヤホヤラットを捌いた時も同期から賞賛とドン引きをもらったので、一部私の才能なのかもしれない。

 

 また、一概に好きなことばかり自由にやれていた部活だったとは言えない。

 明らかに我々の領分ではない仕事を部活単位で押し付けられていた時期もある。我が校の文化祭は外部人間も入れるようなそこそこの規模で開催されていたのだが、敷地内の一部花壇の草引きと花植えが何故かサイエンス部の仕事にされていたのだ。なんでだよ。強いて言うなら部室がその花壇に一番近かった文化部はウチだったと思うのだが。

 めんどくせえ、だりい、など文句はそりゃあ出たものだった。しかしなんとびっくり、サイエンス部員は『オタク』『変人』加えて『クソ真面目』という属性を総じて持っていたため、言いつつ部員は各々ブチ切れながら炎天下でエライ勢いで雑草をブチ抜いていった。

「君らってさあ〜」

 いつから見ていたのか、校舎の上の窓から通りすがりの先生が汗水垂らして草引きするこちらを見下ろしていた。

いつから菜園部になったの?

サイエンス部です。

  雑草を引っこ抜いて花を植え、作業をやり終えたところで私は長く部にいる先輩の一人に質問をした。

「凪さん。なんで花壇整理を我々がやんなきゃいけないんですか? 別に我々だって暇じゃあないでしょう」

「それがね。もう卒業した或る元部長の先輩が『花壇整理に人手不足なんですか!?じゃあうちの部がやりますよ!』って勝手に言っちゃって」

「クッソ勝手やないかい」

「それでまあ、なんというか。……そのまんま放置してる」

「うん。じゃ来年我々が部内主導権を握った暁には拒否することに致しますよ」

 私がこの時凪先輩に宣言した通り、翌年からサイエンス部は菜園部ではなくなった。

 

 そう、うむ。ユルいばかりの部活ではなかったはずだ。こうやってイベントや仕事や、そもそもの規則もちゃんと存在していて、全員根っこが真面目だからちゃんと守っていたはず。規則、例えば『理科準備室には先生らしか入ってはいけない』など。

「先生、過酸化水素ってどのくらい残ってましたっけ」

「えぇ、ちょっと準備室冷蔵庫見てきます……んん……?」

「どないしました」

「どれがウチの部の薬品か分かんないな……」

ちょっと入ってもいいですか

いいよ

 二つ返事。

 ────こう思い出してみればウチの部活、何もかもがガバガバではなかったか。

 

部員・顧問がめっちゃ仲良し

 これから書くのは当時のクラスメイトから聞いた話である。

 彼女はちょっとばかり人探しに、普段は訪れない図書館の戸を開けた。普段は完全に閉まっている金属製の両扉で、小さなすりガラスの窓しかないため初見の人は開けにくいことで有名である。気の弱い彼女は恐る恐るノブを回して中を覗き、混雑状況を見ようとしたらしい。

 三人ほどが貸し出しカウンターに蔓延り、二人ほどが机で本を読んでいたそうだ。

 そしてその全員がサイエンス部員であると彼女は偶然にも知っていた。まさかサイエンス部が会議をしているのか、会議中に突撃する、高校生として一番気まずいことを自分はしてしまったのではないかと彼女は、思わず扉をちょっと開けた状態で無言で硬直。

 加えてドアのところから顔を覗かせる彼女に気がついた司書さんは、何の他意もなく、何の疑いもなく声をかけたそうだ。

サイエンス部の子?

 恐怖した彼女は返事をする前に走って逃げたという。

 

 答えは簡単である───というかその前に、サイエンス部が放課後の図書室で会議なんかする訳ないでしょうが。

 サイエンス部の者どもは本読みが大好きで、何も言わずとも図書室に寄り集まってくるのだ。司書さんもそれを把握済で最早友達である。まず昼休み、教室や食堂で昼を食べた部員は揃って図書室に集まる。そして予鈴と共に解散し、放課後またやってくるのだ(活動日であろうとなかろうと)。

 活動日の場合は、何人か集まって「今日暑いですねー」「ねー」「〇〇先生転んで鎖骨ブチ折っちゃったんですって〜」「怖あ〜」など下らない話をしてから、じゃあ部室行くかと向かったものだった。逆に先に理科室に行って、「熊本君いなくない?」「図書室じゃない?探してきます」つって一発で引っ張ってきたこともあった。

 また、部員の7〜8割は(各々自ら希望しての)図書委員だった。私が入部して2年目の時も、何の示し合わせもなく同じメンバーが図書委員になっていた。私が来る前も図書委員ばっかだったとのことだった。ホンマに属性が痴れるわ

 

 文化祭の際も非常に楽しかった。

 部活としての仕事が終わり、外部の人間が帰っていった後の時間に開かれた後夜祭は何故か全校強制参加である。

 吹部が何かやったり、ダンス部が何かやったり、個人が何かやったりする訳だが、生憎私はサイエンス部であり、出番はない。それから前述部活に友人もいない(クラスメートは見かけたが)。体育館を暗くして彩度の高いライトを明滅させ、立ち見状態の謎にクオリティの高い後夜祭は最早アーティストのライブである。

 これで大盛り上がりするのが世の青春真っ盛り高校生であるが、陰キャの私にとっては正直眩し過ぎる。後夜祭開始段階の初期位置から崩れ、それこそライブの人混みの如く密集した生徒らの塊の中で、体育館後方の比較的密度が低い空間があるはずであると踏んだ私はそちらへ逃げた。人を押しのけ、私は深呼吸のできる場所に出る。

「……」

「……。先輩どうも」

「どーも」

 なんの打ち合わせもなかったが、サイエンス部員が揃いも揃って後方へ避難していた

 これだからうちの部活好きなんだよなあと感じた、今でも覚えている瞬間である。ぴょいと私が頭を下げると、真顔の先輩はそれでもやや嬉しそうに頭を下げ返してきた。

「こういうのはねえ苦手なんですよね」

「まあ。喧しいですしね」

直球

「オイなんだ。ここサイエンス部ばっか集まってんじゃねえか」

「引っ込んでな卓球部野郎」

 舞台上の可愛い女子高生の司会がマイクを持って、パッと手を広げる。そして高らかにこうアナウンスをした。

『それじゃあ! 次の発表は体育館後方ステージで行ないます! 皆さまさあさあ移動してくださ〜い!!』

「は?」

「待てや」

 部員全員、殺到する人混みに揉まれ悲鳴をあげたのは言うまでもない。その後二、三回はステージの前後交代があった。全部前でやれよ……

 

 また、部員は総じて顧問とも仲が大変良かった。いや良好というより、最早友達状態であった。

 ある夏休み明け、後期最初の活動日で集合した時の話である。理科室で部員が駄弁っていると珍しく、かなり早い時間に顧問がガラリと扉を開けた。

「……皆さん。お揃いですか」

 いつもより荘厳な声で頭を下げる顧問。それに対して幼馴染のような返事をする我々部員。

「アッ! 先生ジャーン」

「お久しぶりでーす」

 我々の挨拶に意味深な会釈するばかりだった顧問は、背後から徐に長めの箱を取り出す。紙製の高級そうなそれをゆっくり勿体つけて開け、彼は真顔で中身を我々部員に差し出しこう言った。

「帰省土産です」

ォオミヤゲェ!!!!!

「かすていらです」

カステイラァ!!!!!

毒入りです

 最後に顧問がそれを言った瞬間始まる即興の服毒大喜利。私はイマジナリーゲボをしながら耐熱机に伏したし、横の先輩は無限に咳き込み、前の同輩は白目をむいて昏倒した。皆、各々で各々の毒を食み悶え苦しみ死に絶えたところで、丁重にお礼を申し上げたのを覚えている。今思い返してみると、あれは高校生にホイホイあげちゃダメなタイプのかなりイイとこのカステイラだったように思う。

 

 勿論我々としても貰ってばかりではない。 

 毎年、11月頃になると部員代表は顧問へひとつ、許可を得にゆく。

「12月21日午後の理科室の飲食許可をください」 

いいよ

 二つ返事。

 先ほどから言っているが理科実験室での飲食は、揮発性かつ水に易溶な劇物の存在(高校生レベルだとアンモニアなど)を考慮してガチのマジの御法度である。私自身としては我が校の理科科目での実習授業の腹が立つほどの少なさと、自身が部活で使用したアンモニア廃棄の際にしこたま吸って無事だった経験からあまり危険視はしていなかったが絶対に真似してはいけない

 さてどうして理科室の飲食許可を取るかというとそれは、部活でクリスマスパーティーを毎年執り行うためだ。家でクリスマスの云々も別にやらない、クラスやその他友人関係で何もやらない、イイ雰囲気になりたい恋人など論外なサイエンス部が集まって、信仰してもいないキリストの誕生祭に便乗し皆で内輪ノリパーティをするのである。

 陽キャのようなパーティゲームをやったり、飲んだり食べたり喋ったりする。だが一応は皆クソ真面目生徒だったので、校則違反の頂点たるデジタルゲームは一切持ってこなかった。人狼をやる際は手間を省くため部員一名のスマホを利用したが、その程度。当時の日記を見返してみると、王様ゲームで「何かモノマネをしろ」と指示された私が『顧問』と『卵を産んだ直後にめっちゃ騒ぐ烏骨鶏』を披露して大ウケしている記述が確認された。

 途中から顧問が参戦したので、全員で事前に用意したプレゼントの山を渡した。部員間での物々交換などない。これこそがクリパの醍醐味の『顧問へのプレゼント渡し』だった。顧問は毎年めちゃくちゃ照れながら受け取っていた。

「クッキーとか嬉しいんだけど、バカでかいスルメ丸ごと入れたの誰

「熊本先輩です」

「俺です」

「なんでここに日本酒がないのか先生分かんないです……」

 厨二病時代の遺物たるタロットカードを私が持ち込んでいたので、部員の占いなどもした。サイエンスする奴がやることじゃねえ

「石澄さん。来年の先生のこと占ってください」

体調不良に気をつけてください

「モロじゃん」

 翌年の顧問の持病の暴れっぷりが結構派手だったのは事実である。

 

文化祭はそこそこマトモに活動

 その通り、文化祭はそれぞれのクラスが何か出店して、委員会も仕事があって、加えて文化部の一部も何らかの出し物をするものであった(運動部なども)。よって発表する系の文化部員、加えて委員会も兼する者は大忙しである。つまり図書委員やってるサイエンス部員はエライコッチャだ。

 図書委員などが一体文化祭で何をするのかと? 模造紙に本紹介を各々書かされて張り出されるのではなかっただろうか。

委員(サイエンス部員)「委員長〜需要も見込まれない本紹介を例年の活動へ盲目的に追随してやる必要性はありますか?」

委員長(サイエンス部員)「ないと思います。あると思う人はいますか?」

Nobody「」

委員(部員)「やめませんか委員長

委員長(部員)「やめましょう

 こうして無事委員会の仕事は消失した。

 

 残りはクラスの出し物である。お化け屋敷だの菓子の転売委託販売などが主だった。勿論生徒がやるべき仕事は多い。

 私も大いに尽力した。授業時間内として設定されている準備製作期間は熱心に手伝い、放課後になった瞬間私は

「ごめん! 部活の出し物準備がピンチなんやわ!! ちょっとそっちの手伝いに行っていいかな!? 堪忍やでぇ!」

 とクラスメイトに頭を下げた。心優しいクラスメイトは「いいよいいよ!そっち手伝っておいで!」と私を見逃してくれた。

 嗚呼、なんたる親切!温情! 崇高な助け合い精神……ッ!!!

「……まあ現時点で部活でやれることあらへんのやけどな

「寝るな澄ちゃん」

「部長だってクラスの出し物どうなってるんですか」

逃げてきましたが何か

「ほらあ」

 因みに文化祭に限らず、部員はクラスに執着がない人間が多かったため体育祭などでも学年と色分けをまたいで、結局部員で集まってダラダラしていた。好きな先輩がみんな卒業していった年の体育祭はサボって動物園に行った。

 

 サイエンス部が行う事は大きく分けて展示物、実験ショーである。私は勝手に部活の日常を4コマにして勝手に文化祭時に張り出していたが、これは全く公式の仕事ではない(2年分で総計十数枚描いた記憶があるが、全て手元にはない。相当運が良ければ1年目の時に部長に差し上げた漫画が彼の手元にあるかもしれない)。当日の仕事は展示物を見に来た人たちに都度解説をする事、そして一部部員はショー出演。

 あとは廊下での客引きであろうか。理学の象徴たる白衣を纏い、サイエンス部が活動している部室方向への誘導と、ショー時間の告知などを昇降口付近で愛想よく行うのだ。

「そこの白衣の人。地図を見ても入試説明会をやるホールが何処なのか分かりません……教えて頂けませんか……」

「目前の階段を上がってあっちの方向の廊下を進んで、突き当たりの階段を登ったすぐそこですよ」

「嗚呼助かります……有難うございます有難うございます……」

 そう、真面目で人として出来た集団たるサイエンス部として客引きも有意義な仕事である。

 

 文化祭期間中は、正式に生徒も理科準備室へ入ることを許可される。部員の控え室として使うためである。準備室は教師用教材やら予備道具や薬品庫など、部員すら普段は接触する機会のないもので溢れかえっており、狭くて危険な空間である。

「後輩どもお疲れ〜ぼんち揚げを差し入れだぞ!

「いえ〜い先輩ラブ」

「はっはっは、多忙だった貴様らに俺がクッキーを焼いてきてやったぞ

「わ〜い助かrイヤ美味すぎて引くレベル

 準備室待機組で謎に美味すぎるクッキーを齧っているちょうどその時、準備室に顧問が入ってきた。文化祭だからと珍しくジャケットスーツを着ている顧問は、時間にもよったが基本的に別の場所の別の仕事を担当しているため、当日部活へは始終居る訳ではなかった。

「……何食べてるの君ら」

「クッキーっすね」

え〜いいなぁ先生クッキー大好きなんだぁ〜!

 お咎めどころかクッキーの存在に女児の如く喜んだ顧問は、その後何度か準備室へ帰ってきてはクッキーをつまんで仕事へ戻っていった。多分半分くらいは顧問が食ってったように思う。

 

 印象に残っているのは、ちょうど閑古鳥が鳴いている時にふらりと理科室に入ってきた紳士。

 仕立ての良さそうなスーツに穏やかな笑み。悠然な歩み。「なんでこんな明らかに只者じゃねえオジサンがうちの部に来るんだ」と訝しんだ。オジサンは机の上の展示物を微笑みながら見て、私に声をかけてきた。部室には偶然誰もいなかった。助けてくれえ。

「これは……何の展示なのかな……?」

「ダイラタンシー現象の体験ができます。通常柔らかいものが強い衝撃で一気に硬度を持つ性質のやつです」

「ふむ……これは……日常生活では何に利用されているのかな?」

「防弾チョッキです」

 穏やかなくせに物凄い圧迫面接的なオーラを放ってくるため、即答している私の内心は大パニックである。防弾チョッキ即答は本当によくよくよくやったと思う。私の人生のうちで手放しで褒められる数少ない瞬間の一つである。

 次の質問をされそうになったところで、尊敬する先輩のうちの一人である熊本さんが救助に来てくれた。

「オジサン、不躾なことをお聞きしますが、貴殿は何者ですか」

「ふふ。僕はねえ。昔ここの校長を長らくやっていたのさ───

 そう言い残してオジサンは颯爽と去っていった。

 その時来た元校長を名乗るオジサンは、中学から高校へ内進で上がって五、六年我が校に在学している、例えば凪先輩のような一部生徒しか知らないくらい過去の校長であったらしい。が、翌年の文化祭時には私も知っている『元校長』もウチの部室を訪ねてきた。ウチのような弱小部の状況も見にきてくださるとは、こちらもまた何とも平等な生徒思いの素晴らしいおじ様である。

「ヤベー。元校長来た校長」

「元校長!? 台車に足を轢かれて足首を粉砕骨折した上一時期情報錯綜して『イノシシに撥ねられた』とデマを流布されてしまった、苔生したみたいな緑髪の元校長がうちの部にですか!?」

「言葉に出すとスゲーっすね」

 まぁ大した企画も設置できていない誇りなき部員としてはエンカウントは怖いので、熊本先輩と揃って準備室に逃げ込みクッキーをつまんだ。

 

 勿論先述した通り、文化祭とは部活の出し物だけではない。準備でいくらサボ致し方なく抜けていたとしても、文化祭期間の土日のうち、少なくとも一回二、三時間はクラスの方の出店にスタッフとして参加せねばならないシフトがあった。が。

「石澄さん! なんかお客多くて売るもの全部売り切れちゃったからシフト入んなくて良くなったよ!」

「マジィ!!? ちょうど部活の方がトラブってるから助かるわあ!

 売るものが尽きる可能性を考えて、後の方のシフトを希望していたって寸法よ。目論見は成功。勝者の私は午後、ショーも終了したため閑古鳥の鳴く部室に帰り、準備室で差し入れのクッキーをつまんだって訳。いや食べてばっかみたいに書いているがマジであの時のクッキー美味しすぎた

 

 その、部室への戻りぎわに面白いものを見たのも思い出した。けばけばした綺麗な女性二人にめっちゃ絡まれている顧問を目撃したのだ。変なのに絡まれるおじさんは総じて面白い

「きゃー! 生物のアノ先生じゃん!」

「懐かしー! ウケるー!笑」

 年齢から察するに、どうも二人ともOGらしい。顧問は数十年この学校に勤めるベテランおじさん先生だったため、送り出した教え子も沢山いらっしゃるのだろう。女性らは楽しそうに笑っており、後ろ姿しか見えない顧問の顔は分からなかった。というか背中だけでも分かるが明らかに居心地悪そうにしていた。彼は彼女らと何か言葉を少し交わしたのち、いつの間にか私の存在に気がついたのかそそくさとこちらへと逃げてきた。

「先生。あの人ら、元教え子さんですか?」

「ウーン。知ってる気もするし〜。知らない気もする

「ウケる」

 ショーは1年目は成功、2年目は失敗した。展示も1年目成功、2年目失敗だった。可愛い可愛い後輩であっても適切に率いる事が出来るとは限らないことを知った。私は『どいつもこいつも消極的なら私が積極的になった方が話が早くてメリットだ』と考え、意に反して周囲を率いだしてしまうきらいがある。それが結果的に『リーダーヅラする喧しい奴』になってしまうので、毎度のこと厄介な性分だと自分でも思っている。

 

  ◆◆◆ 

 

 退部した後も、時折部活の様子を受験勉強の質問がてら顧問に聞いていたが(というか聞く前から話してくれたが)、どうも私が入ったばかりの頃の活気はなくなってしまったようだった。新規で入る高校生の部員が激減し、中学生が大半になってしまったことが主な原因なようだ。些か寂しいと感じたが、致し方ないことだろう。

「石澄さん───今うちの部は────実験ノートをつける試みを始めています─────」

 ふとした機会に徐に、手を後ろに組んで語りだしてくださる顧問には感謝しかなかったが、部長とか役職についていた訳でもない上もう部員ではない生徒に定期的に活動報告をする後輩ならぬ顧問教師ってどういう状況なんだと突っ込まざるを得なかった。

 

 先日、所用があって母校を訪ねた。

 校舎内に入らせてもらった時、理科室の前を通りがかった。ホワイトボードには、以前自分たちが使っていたものと全く同じカレンダーに、全く同じように赤色の書き込みがしてあった。

『テスト一週間前だから無し』『職員会議』『委員会』

 懐かしい理由と共に、かつてのように月間の活動日は半分以下。しかしまだ部活が存続していること、まだカレンダーで活動日調整をしていること、何もかも嬉しくて後輩らの教室に聞こえぬくらいに半泣きになりながらカレンダーの写真をスマホで撮った。

 その後、顧問に会った。私服で化粧をしていたので5秒くらい私だと認知されなかった。

「てっきり私など忘れられたもんやと」

「何ィwww忘れる訳ないじゃ〜ん俺が貴女みたいな教え子をさあwwwww……………ところで向こうにいる貴女のお連れさん誰でしたっけ

忘れとるやないすか

 サイエンス部がまだ存続しているのが嬉しい、と私が言うとウムと顧問は大きく頷いた。

「中学生が主なメンバーかな。〇〇もまだいるよ。でも勉強で忙しそうだねえ」

 当時中学生だった可愛い後輩らは、皆そのまま高校に内進したらしい。図書室の司書さんからも、一部彼らの目撃情報を聞くことができた。やはりサイエンス部員が図書室の民となるのは不変らしい。

 私自身は顧問という恩師に対しあまりにカス過ぎる現状報告をする羽目になったが、顧問からは非常に喜ばしい事を聞いた。持病がかなり改善してきて、注射を打つ必要がなくなったという。確かに元教え子に再会した事を差し引いても、先生の顔色はめっちゃ良かった。

 なんやかんやと思い出話やらをしている最中、たまに顧問は「アッ」と言って私の顔に口を寄せ、通りすがりの中学生をこっそり指差し、

「アイツ。あのちょっとぽっちゃりした奴。とっても優秀」

「あの人ね、ちょっと貴女と似てます」

「眼鏡の奴見えるかな。中々ねえ、よくやる男ですよ」

 と耳打ちした。本人の前で褒めてやれよ

 あと前々から思っていたが私をサイエンス部卒名誉部員みたいな扱いをすな。

 

  石澄香