石沈みて木の葉浮く

石は沈みて木の葉浮く

イラスト文章 つれづれ 学生

美味しいと明言できる土産菓子

【日記コーナー】

 本日はホルモンバランス崩壊にはっ倒された勢いのまま起き上がることができず、密林でポチった電気毛布を洗濯するしかできなかった。逆に言えば、明日からの生活の生産性向上及び電気代ケチりのための手段の準備に日を費やしたことになる。以下本編。

 

 隣の席の先輩が、PCを睨みながら焼き菓子を食べていた。何処で手に入れた焼き菓子だろうと横目で見ながら自分もPCを睨んでいると、研究室の外から助教の部屋のドアが開けられた音がした。

 もちもちと足音が真っ直ぐ近づいてきて、かちゃと開けられた学生研究室ドアの隙間から、助教が顔だけ突っ込んでこられた。

「ちら。」

 と口で擬音を口にしながら、私とその先輩以外誰もいない研究室を一瞥して、

「お嬢さん。はとさぶれ好き?

 と私に聞いてこられた。先輩が食べていたモノの出所が分かった。

 

  ◆◆◆

 

突然ですが、石澄さんには来週末に鎌倉に行ってもらいます。

 殺人の依頼かよと思った。

 京都から引っ越した先の中学校。授業に参戦する前に、一旦学年主任の先生と母と交えて面談するために来校していた訳だが、いきなりスゴいことをその学年主任に言われたのだった。つまり、曰く、『なんと偶然なことであるが、貴様の転校日の直後に鎌倉遠足という校外学習イベントが控えており、貴様にも無論参加してもらう』ということだった。

 班分けの概念はあるかと問うと、あるという。

 では、自分は初対面のクラスメイトと班を組んで、歩いたことのない新天地を歩けというのかと問うと、そうだという。

 いやクラスメイト氏(顔まだ知らない)と担任氏(顔まだ知らない)可哀想すぎる〜〜〜と思った。こんな時期に転校してくるヤツがいる時点で担任氏の心労は予想できたが、私という異分子が問答無用で突っ込まれる、既にスケジュールなど段取りが済んだ班員たちのことを考えると申し訳なさすぎでヤバかった。

 めっちゃ陽キャだったらどうしよう。ハミにされるくらいならしょうがないにはなるが、あからさまに邪魔そうな目を向けられたら流石に困っちゃうが。

 

 まあ怯えに怯え倒していたが、両親にそんなそぶりは見せてられない状況なので、帰宅してから笑って話す。鎌倉遠足来週あるんやって、やってらんないですわ、絶笑、お土産とか買ってらんないけど許してクレメンス、みたいな感じ。

 すると、黙って真顔で別のことをしながら話を聞いていたらしい父が、にっこり笑って言ったのであった。

お父さん、はとさぶれ買ってきてほしいかな

 ぎょ、と目を剥いた私に、母も「ええ考えやわ! お父さんにはとさぶれ買うてきてあげたって!」と便乗し、遠足で私がはとさぶれを買ってくる流れがいつの間にか出来上がっていた。両親がはとさぶれの存在を望んでいた。

 知名度の高いお土産物がおおよそ全部美味しくはないだろうという強めの偏見が頭をもたげていたから驚いたこともあるが、それよりも思い出したことがあった。

 

 話が飛んで飛んで恐縮ながら、この段落はもっと幼少、もっと記憶が曖昧な頃の話だが。

 両親が言い争いしている時があった。“珍しく”言い争いをしているイメージだったが、私自身忘れているだけで実は珍しくもなかった可能性もある。その時の言い争いは『母:貴方ももっと子供のことを考えてあげてよ』『父:無言』のタイプであった。……父が無言だったので言い争いではないな。まあ言い争いとしておこう。私はその時家の中で絵を描くなりおもちゃで遊ぶなりで一人遊びしていたはずだが、確かそれが気まずくなって庭に出たのだ。庭や庭の横の川で一人遊びするのは、当時の日常だった。

 ススキを引っこ抜いたもの、もしくは園芸用のポールを振り回して遊んでいると(定かでないが、当時は長い棒を振り回すのが大好きだった)、不意に家の中から父が出てきた。

「香、お父さんとバドミントンしよう

 あっこれお母さんになんか言われた末の結論がこれかと幼少お花畑アホンダラのパーな私でも察した。というか確かその場で父とバドミントンしながら「お母さんに言われたから私と遊んでくれるん?」とド直球で聞いた。父はやんわり否定した。後ほど母にも聞いた。否定された。数年後もう一回母に聞いた。否定された。まあ普通否定するやろなと思ったので、聞くのをやめた。

 

 その時と同じ顔だった。

 「バドミントンしよう」と言ってきた父と、「はとさぶれ買ってきて」と言ってきた父。そっくりおんなじ顔をしていた。

 つまりそういうことだなと思った。それ以上を聞くのをやめた。はとさぶれを買う努力をしようと私は思った。

 

 最終的にまあ紆余曲折あって鎌倉遠足はおもろかったのだが、その話は別項目にしよう。はとさぶれは、買えた。紙製のちっちゃいバッグみたいな形の、八枚入りみたいな奴を買ってきた。家に帰ってきて父に渡して、開けてみると自分の予想よりもデッッッケえ鳩が出てきた。自分も一枚食べた。

 ……バターの香りがして、無駄な添加剤の味もせず、美味しい。

 はとさぶれって美味いんだ。

 はとさぶれを私からもらった父の顔はもう覚えていないが、自分が初めて食べて感動したはとさぶれの味に上書きされたのではないかと思っている。

 

  ◆◆◆

 

「いやあ。後輩のいる横で食うのも先輩としてダメかと思ったんだが」

 助教からめぐまれたはとさぶれをモヒモヒ齧る私の横で、先輩が笑っていた。

「来客からもらったはいいものの数限られてるから、渡せる学生の数も限られるって。とはいえ、澄ぴょんも貰えそうだよって共有するのは私からできたし、共有されてない後輩の横でさぶれを平然と食うのは先輩としてダメだった。あなや。愚か愚か。人類皆愚か」

 何も言っていないのに、勝手に先輩はそう言いながら頭を抱えた。十年ぶりくらいに食べたはとさぶれは、まあ変わらず美味しかった。

 弊研究室では、助教を中心として定期的に甘味ばら撒き循環が生じている。

 

  石澄香

 

【好きなもの】

 日本酒!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!