石沈みて木の葉浮く

石は沈みて木の葉浮く

イラスト文章 つれづれ 学生

儀式ゴトの“回数”

 面接等におけるノックは三回らしい。

 二回はトイレノックで、四回でも一応大丈夫。暫く面接なんてものをやっていなかったのですっかり忘れてしまっていた。

 

 たまにしか行わない儀式ゴトなどに於いて、その手順をスッパリ忘れてしまうなんてのは非常によくある話と思う。正直、個人的にはそういうのは

 『何も見ずに完璧に覚えてたらむっちゃカッコええで』

 くらいの認識で良いのではないかなぁと思う。私は運良く『二礼二拍手一礼』はスッと出てくる。推しの台詞にこれがあったからだ。初詣に一緒に来た両親も、困った両親が確認を求めた住職もこの『二礼二拍手一礼』がボロカスだったので、一般ピー的には別に覚えてなくても死なないだろう。住職は覚えとけと思うが

 それに今時手元の光る端末ですぐ調べることができるのだもの。「昔はそうじゃなかった」?……今は今じゃあないか。昔ではない。常識は更新し、時代に合わせゆくものである。

 

 元旦は祖父の霊前へ行った。仏壇ではなくて骨壷と遺影その他が置かれた棚という感じであるが……仏教の云々を葬式で挟まなかったそういう“棚”って何でいうのだろうか?

 因みにその祖父とは、

祖父が凄い - 石は沈みて木の葉浮く

 の前者の祖父である。大爆笑葬式の。

 あの爆笑葬式の時の話はマジで相当に愉快なのだが、シリアスに不謹慎のビュッフェスタイルみたいになるので……やっぱり控えておこう。

 

 兎角、家族四人でその祖父のもとへちょいと元旦からお参りのようなものに行った訳だ。遺影と骨壷と花とりんとしか置かれてなかった筈の其れは、最後に見た時よりやや豪華になっていた。

 なんか、いつの間に設置したのかプラスチック製のちゃちい見た目の観音像みたいなのもあって。母がそれを手に取り少し弄ると、そこから滅茶苦茶ちゃちい音質のお経が流れ出す。恐ろしくちゃちい。姉が重度のお経アレルギーなので、最悪音質読経システムはすぐに止めた。

 

 まず母がりんを鳴らす。チンチンチーンと。

 手を合わせた母の次には、姉がりんを鳴らす。チンチンチーンと。

 姉が終わって私の番に来た。私は「ちょっと待ってや」と祖父の遺影に断りを入れてから家族を振り返り首を捻った。

 

「これチンチンの奴、ホンマに鳴らすん三回やったっけ……?」

「いや分からん適当に三回鳴らした

「母さんが三回やったから私も三回した

前列の真似する焼香タイムかよ

 

 家に仏壇が置かれている家庭ではなかったのでみんなりんを鳴らす回数を知らなかった。しかし三回は何となく「多くないか……?」と感じたので、多分多い。

 しかし分からんもんは分からんので、結局は私もチンチンチンと三回鳴らした。手順間違いだの何だのと、この程度でキレる祖父ではなかったから大丈夫さ。そうして手を合わせていると、遅ればせながら母が「あ」と私の後ろで声を上げる。

「思い出した」

「なんだ母さん回数思い出したか」

多ければ多いほど喜ぶと生前の爺ちゃんは言っていた

んな事言い残して死ぬ老爺がおるか

 最後に残された父はというと十回ほどチチチチチチチチチチンと鳴らした。母の言うことが正しいのであれば、合計二十回ほどのチンを貰った祖父も大層喜んだ筈である。

 

 実家に戻ると留守番していた祖母(ややボケかけている)は、ニコニコ嬉しそうに笑って言った。

「あんたら、おじーちゃんに挨拶してくれて有難うねぇ。おじーちゃん、どないしてた? 大人しくしてた?

 遺影に会いに行ったのに何故大人しくしていたかを聞かれねばならぬのか。確かに祖父はちゃぶ台をひっくり返し黒電話を割りガラス戸をぶち破るタイプの九州男児であったようだが、流石に今は骨片しか残っていないのだ。

骨壷ごと暴れ散らしとったよ

 と一応返してやれば、

「ほーん。良かったわして

 と祖母は頷いた。

 

 どうやったらこんなボケ方をするのか。

 

  石澄香