石沈みて木の葉浮く

石は沈みて木の葉浮く

イラスト文章 つれづれ 学生

三年ぶりに麦茶淹れた

 三年ぶりに麦茶淹れた。

 一人暮らし始めた最初の年の夏頃から淹れるのをやめていた。

 一人暮らし始める時に「ピッチャーは絶対いるわよ!」と言われて家に置いていた。使わなかった。いや正確には使った。注射打って激烈な熱を出した時、このピッチャーいっぱいに一袋のポカリの粉を入れればポカリができるので、そのために使っていた。つまり2リットル入るピッチャーだった。その度に棚の奥から引っ張りだして埃を水洗いした。

 麦茶とか正直いらなかった。結局水分補給しか目的ではないのだから。水道捻れば美味い水が出てくるし、氷を入れればそれは冷える。茶葉突っ込んで冷蔵庫に放置、そしてピッチャーを水洗いする、というムーブもそのうち面倒になり、一人暮らし始める時に買った茶葉は密封してこんにちまで完全放置だった。デカい麦茶のパックは半分も使わぬまま、冷暗室の奥に仕舞われ三年間ほったらかされていた。そういう調味料(入居時に揃えたがほぼ使わず放置)が冷暗室にはかなりある。2019年8月に期限切れした醤油もまだ置いてある。密封パックなため中身が見えないが、そろそろ食塩の結晶でもできているんじゃあないだろうか。

 でもさぁ、とふと思った。友人宅に行った時、「冷蔵庫の麦茶飲みます?」とピッチャーで出てくる麦茶を、何処となく無意識的に“快適やなあ”と感じた私はいなかっただろうか。あと実家にいた頃も季節問わずずっと麦茶って冷蔵庫にあるし、帰省した時も置いてあるやんな、麦茶。水筒に入れて持ち歩いてたんも麦茶やったし。でも結局今学食とかでも飲めるのは冷えた水かゲロ熱い緑茶の二択やし、そういえば暫く麦茶飲んでへんやんな。

 

 突然思い立った行動を、実はしがちな私である。

 ピッチャー出して麦茶を淹れた。水出しやけど。茶のパックは思ったよりカサカサ乾燥していて匂いも問題なくそのまま使えそうだったので、そのまま使った。三時間くらい放置したらエグい濃さのができたので慌ててパックを引っ張り出して水を足した。キンキンに冷えた麦茶を夏に用意するという行動、三年ぶりにとった。

 歩いて十分程の習い事の教室の先生が、夏休みのレッスンに行くと「香ちゃん今日ら暑いさかいお茶飲んで行き」と、氷の浮かぶ麦茶を盆に入れて出してくれたのを思い出す。稀に「沢山はなくて全員には出せへんから内緒よ」とゼリーもついてきたりした。また、勾配20%以上の日陰の少ない登下校路を一時間弱かけてクソ暑い地域のクソ暑い時期に下校していた時、近所のおじさんがこれまた氷の浮かんだ麦茶を出してくれたのも思い出す。基本的に朝の登校時に見回りをしているボランティアのおじさんだが、偶然下校中に家の窓から我々を見かけたらしく「お茶飲んで行きな」とこれまた盆に乗せて出てきてくれたのだ。

 盆に乗ったレトロなガラスコップと氷と麦茶とクソ暑い気温。セミの声。

 いや絶対に冷蔵庫で冷やした麦茶の方が氷突っ込んだ水道水よりうまいな。

 積極的に飲んでいたら一日でピッチャーがほぼ空になった(2リットルあったのに?)。昨今の暑さは誇張なしに殺人的であるため本当に許し難く夏はキライなものが多いが、この暑さが生む風情などというものについては私も理解するのであった。

 

  石澄香

 

【好きなもの】

 ATMのテンキーを押す感触