石沈みて木の葉浮く

石は沈みて木の葉浮く

イラスト文章 つれづれ 学生

一部を一時代わりとして

「昼過ぎなんて俺ですら眠いもんだよォ」

 なんて世間話を医者おじさんがやってくれるのは、稀にヤバいほど空いている時間帯である。

 だいたいひと月に一回一定の曜日に私はこのおじさんに会いに行く必要があるが、此処は時たまエゲツないほど混んでいる。この科に人が押しかける光景はやや好ましくない。しかしこれからの世界では、此処にお世話になるひとも増えるのだろう。

 それは色々とキツいと感じる人が出てくるほど世情が厳しくなる……という意味の他、この科に来るという発想に至れる人が増えているのではないか、という思いからである。この科はきっと、前より“来やすい場所”になっている。来られる側たる医者にとってそれが何を意味するかは想像にかたくないが……(噂によると最近では精神病棟から同病院の担当科へ出勤する医者もいるらしい。怖すぎる……)

 凄く極端な話、某世紀の某国では既に「メランコリー」と名前がついてそれを治療するための病院のカテゴリが存在したそうだが、なにぶんメランコリーの原因として

 不道徳・信仰心の低さ・遺伝

 というけしからんものばかり挙げられていたそうなので、病院にかかって診断されようとする人は少なかったんじゃないかな……。程度が酷くなると拘束されて監禁ですし。

 因みにその時期その辺の医者でも患者に提案できるのは、専ら休養と飲酒だったそうな。朝昼晩に果実酒を飲み……寝る前には酒とプラスでモから始まる即効性と依存性の高い鎮静剤を飲めという。抑鬱状態をフルパワー物理攻撃で叩き潰しに来ていて流石にちょっとウケた。変なこと考えるより前に脳機能自体をゴリゴリに下げて寝ろという……フフッ……面白いね……でも今も多分、手段としてはそんな感じですからね。

 色々巻き込んで全滅する前に、脳機能の一部を一時的に殺すことで長らえるワケ。

 

 これは諸事情で得た些細な豆知識として、兎角本日私が赴いた病院は随分空いてて助かったという話。前回は年末だったからか、飛び込み患者より優先される予約組だというのに半時間待たされた。時間もあったしツイッタを見ていたので別に問題はなかったが、スマホの電池が不覚にも尽きそうになってやや焦ったのは内緒。

「今日は色々スムーズに進んでるから空いてるの。でも貴女で六十件目よ今日で」

 この時点で午後三時である。

「ヤッバ……」

「この時間帯がイチバン眠いの」

カワイソ……

そう。可哀想なの

 うっかり口をついて出た失礼台詞に頷かれてしまった。医者おじさんもまた、仕事に追われる可哀想なおじさんであったわけだ。

 

 このおじさんもまた私と同様大学に通い、イッシャになってこうして今イッシャとして働いているのだろうが、なぜおじさんはイッシャになったのだろう。サバサバ適当に患者を受け流しているように見えながらも、彼はケチョケチョになって判断力が低下した人間には「それは駄目。これをやりなさい。あれだけを思いなさい」と爆速判断の強い語気でバシバシに叩き直してくるおじさんだ。判断が早い上、適度に患者の頼りになりつつ適度に患者からの依存対象になることを避けている。スゲ〜。

 このおじさんは多分ああやって「毎日眠くて大変よ〜」と軽く笑いつつ、地球に隕石が落ちてきたら真っ先に避難誘導するなり人命を救うアクションをしてくれるカッコいいおじさんになるんだろうな…………。

 

  石澄香

 

【Today's 私の好きなもの】

 自宅マンションのエレベーターの匂い