石沈みて木の葉浮く

石は沈みて木の葉浮く

イラスト文章 つれづれ 学生

恐怖と安心の話

 肩身が狭い。

 グループワーク必須の実習系科目は肩身が狭い。いや、前から無能だったので前から肩身は狭かったが、本年度はもっと狭い。普通の講義ならいい、しかしグループワーク必須の科目、テメーはダメだ。既に人間関係が確立された集団内に一人異物のように放り込まれる不安は、中学の頃変なタイミングで転校し初めて転校先の教室に入った時の軽く三万倍は強めに感じる。

 肩身が狭過ぎてスマホも弄れなかったし鞄を背中から下ろせない始末。実習開始前の昼休み、集合場所の実験室で、少しでも自分の空間占有率を下げたかった。端的に言えば「こんなところに私なぞがいてすみません……」である。というか教授の名簿にきちんと私は入っているのか? 二年前、学務の不手際で私だけ履修名簿と付随するメーリングリストからハミにされていた経験が、更に私を締め上げる。あの新卒職員、解雇されずに今もちゃんといるのだろうか。人間達から目を逸らし汚い壁のみをただ凝視する。

 

「すみません」

 突然話しかけてきた隣の作業台の学生は、そう一言喋るだけでもマスクをしてても分かる典型的“好青年”であった。

「もしかしてなんですけど、一年休学されて今年から復帰の方ですか?」

「あ。はい。ええ……」

 和かな声色を聞いて更に確信する、『嗚呼この人アレだ、集団内に中確率で最低一人は存在するコミュ力と自信と善性がカンストしてるタイプの無敵マンだ……』と。正直、個人的には困るのだこういう人───此間会釈してきた元同期もだが、諸般事情により私のようにヒトと交友しようという意思を自発的に持ちにくい上、それが社会では煙たがられることのが多いのを自覚している人間からすれば……彼のような善性は眩しいものだ。カッ!と消し飛ばされそうになる。照らす光が強いほど濃くなる影のように、自身の嫌なところばかり目立つのだ。───と、こういうことを主張する悪役って結構創作物の中にいるよなと、私は書きながら再確認する。

 以上、今、書きながら再確認しただけである。今。

 ぶっちゃけ、上記の彼の台詞を聞いた直後の私はそんなことを考えるどころではなかった。普段は直ぐに脳内に展開するそんな思考はそれこそ亜光速で吹き飛んでいる。ミリも考えなかった、光源と陰影の話など。

「……いやなんで一年休学の話とか知ってんのォ!!?!?

「アッ!よかったです!(←?) 俺としたことが同期の顔忘れちゃってるわけないよなと思って!」

「いやいやいや留年した者ですから初対面ですが! より一層なんで休学の話(しかも期間の情報付)知るヨシあるの!?」

「間違ってたらごめんなんですけど鳥さん好きの人ですか?

『なんで知っとんねん』に追討ちをかけるなァ!!!!!!!

 

 顛末を聞いた。

 彼はフィールドワーク系のサークルに属しているようだった。勿論私は所属したことがないが、存在は知っている。入学したての頃、同期の何名かから「石澄も入らないか」と一度だけ勧誘されたことがあったからだ。

 何故私なぞにそんな話が来たかというと、当時の私は『鳥が好きです』を豪語していたからだった。勿論今も好きだが、生物系学部で胸を張れるほどの知識や何らかの経験はまるでない。だが間違いなくその辺の話から、『バードウォッチングも出来るかもしれないサークルだぞ』と、親切な同期は話しかけてきたのだった。三年くらい前の話である。───で。その後は、殆ど話していない。野山を駆けずり回り、『三十種以上昆虫を捕まえねば単位はやらない』という鬼畜課題に、「虫の同定なんかその場でできるかよ」と泣きながら勤しんでいる時に……やや助けてもらった気はする。

 話を戻せばつまり、親切だったその元同期らの後輩に当たるのが、この善性カンスト青年な訳だが。

「サークルの先輩から『そういう人がいる』って聞いたんですよ。同期だったんでしょう?」

いや私ボッチだったんですが?????

 情報が伝わる可能性は毛程の細さで心当たりはあるが、マジで毛の細さなのでにわかには信じがたかった。何??? イキって鳥好きを豪語してしまったからこれからは粛々と初めから無能を隠さんようにしようとしていたのになんでこの世代に『鳥好きの人』が初日にしてバレてるんですか?????(野鳥図鑑を見返す音)

 というか私の話を私の予想だにしない人間が私の知らない場所で知らない間にするな怖いだろ!!!!! 何⁉️ あとその話を覚えてた上に見事に特定した上に話しかけてくる善性カンスト君が一番怖い…………何❓¿?????❔

 

 私がそうしてわたわたしている間に、偶然隣に座っていたひとが更に気さくに話しかけてきたのだった。

安心しろ! 俺も留年生だ!!

 今期一安心した私を誰かどつき回して海に捨ててくれ。恐怖と安心の話。

 

  石澄香

 

【好きなもの】

 嫌いな人間が転ける(物理)さま。