石沈みて木の葉浮く

石は沈みて木の葉浮く

イラスト文章 つれづれ 学生

何よりであるらしい

【日記】

 びっくりするほど食欲がない(オクラと卵の冷やしうどんでギリである)のだが、深刻に「食わねば死ぬ」なので食うている。あまりに食欲がないが、例えば夏バテに効くらしい梅干しなどは買ったことがない故にハズレが怖い上にお高い気がして買いづらい。タカラズカやジヴリはお金出して観に行くくせにね。以下本編。

 

 非常に語弊のある言い方をすると、部屋の中央に座らされて怖い人たち大勢から詰められていた。やれ、具体性がなくて貴様はどうしたもんかだの、やれ、貴様の計画が結果として何を生むのか分からぬだの、やれ、云々と。それらは全て理不尽ではなく真っ当に私に寄せられる批判でしかなく、しかし萎縮しきって頭の回らぬ私は「ヒィン……;」と言いながら目を泳がせるばかりだった。お目目が自由形であった。私を囲う人たちの、絶対にこちらと視線を合わせてこようとしている大量の目が、泳いでブレる私の視界の中にチラチラ見え続けていたのが怖すぎた。

「他に(石澄に対して)質問はありませんか」

 と、詰められタイムが終わりに近づいた頃に司会役のエラい人が言うと、後ろの方で特に何も言わず静かにしていた人が、手も上げずにソッ……と何か言いたげに身体を斜めに傾けた。それで、ピリッピリになっているその空間の中あまりにいつもの変わらない調子の声で、

「研究、楽しい?」

 と、私にタメで質問してきた。

 

  ◆◆◆

 

研究なんてもうやってらんないんですよォ!!!!!

 と言うしかなかった。氷点下の中人間と喋らず孤独に淡々と発狂必至の作業をし続けありもしないことに気を揉みとうの昔に過ぎ去ったフラバに炙られしかし絶え間なくその身の上にタスクが蓄積されていき、ある日埃と髪の毛ばっかのフローリングの上で痙攣しながらぶっ倒れた私はそう言うしかなかった。で誰にそれを訴えていたかというと、何というか、当時の『学年ごとに割り振られたお困り解決担当の教員』の御人に対してであった。

「お、おぉ……」

「私にはダメでした、ちょっと本当にそれどころじゃないので大学通えないっす」

 別にいきなり彼の研究室に突撃してこんな妄言を垂れていたのではなく、聞きたいことがあるのでお訪ねしてよろしいですかと事前にメールでアポを取ってからの妄言だったことは留意していただきたい。何を聞きたかったかって?

「なので退学届って何処で受け取れます???

 退学届を何処で受け取れるか知りたかったのだった

「うん。取り敢えずお茶を淹れてあげよう。

 取り敢えずお茶を淹れられてしまった

 そのような面談をしている現場は面談室などではなく、いつ彼の教え子などの他大学生が入ってくるか分からない彼の研究室だった。大体うちの学部の教授陣の“研究室”は“私室”状態で、色んなものが積み上げられキッタネーことが多いが、その教授の部屋はかなりマシな方だった。それでも多い雑多な物の中に、ほうじ茶を淹れるセットが紛れ込んでいたことをその時初めて知った。ついでにそういうものが正式な客人ではないイカれた大学生相手にも振る舞われるなんてことがあるのも初めて知った。多分珍しいと思うので、たまにひっそり自慢しようと思う。

「で、まあ……」

 それはそれは困った様子だったようには思う。色々とその時の、剥き出しの真皮の如くヤワすぎるメンタルにチクチクと痛むことも言われてしまったように思う。故に途中からその教授の話を真面目に聞くのを、私はやめていた。俺の昔の教え子にはこういうヤツもいた、よっぽど酷い状況でも厚顔なことに適当かまして卒業していった、そんなヤツも大勢いた、そういう話を何点か教えてくださったが、聞いていなかった。

 他人の話ではない。自分の話でしかない。自身の生命活動すら許し難い状況で、他人の云々を聞いたところで耳に入りはしないのだ。

 まあ、その時は『ナニ届を出すにしても〇〇さんと〇〇さんと〇〇さんの三人のサインが必要なのだよ』と情報を聞き出せただけでも収穫と思い、お茶だけは完飲して立ち去った。ように思う。もうちょっと恥を晒したかもしれないが、まこと残念ながら覚えていない。

 

  ◆◆◆

 

 最近はまたしても精神状態が悪化してしまったので、それはそれは酷い頭痛(

唯ぼんやりとした頭痛 - 石は沈みて木の葉浮く)によりメチョ……としている。瞬きすると時計の長針が半周し、気づけばアルバイトの定刻のため全速で走って出勤するということを暫く繰り返してしまっていたため、今日は五分以上余裕めに家を出た。その際、近道になるからの大学構内を通りすがると、見知った教授とすれ違った。

 よっぽど嫌いな相手でない限り、相手に覚えられていようがいなかろうが会釈と挨拶を心がけるようにしている。教授にペコと頭を下げると、彼は何か言いたげに右手を持ち上げ口を動かした。あ、何か仰ってら、と思い、耳に突っ込んでいたイヤンホホを外す。

「君が院に進学するって聞いた時、俺はびっくりしたよ」

 開口一番それすかと言いかけて、やめて、はあ、と苦笑いした。まぁそうでしょうな、と思った。一体何の風の吹き回しかと、私が逆の立場でも思う。

「でも俺が院試の時に『研究楽しい?』て聞いたら、君『楽しいです』て言ったから。じゃあいいのかな、て思った」

 いいのかよ、と思った。

 まあやはりその意図であの時あの部屋で聞いてこられたのだなと合点がいった。私が回答した時この教授は「何よりです」と頷いて、それを聞くと今までピリッピリのガンギまった真顔で私を見ていた他教授陣も、ちょっと人間らしい顔になっていたものだから。

 

 院進学をやめたいとは思っていない。ただちょっと精神の調子が悪くて、院進学ごと人生の大体全部をやめたいだけ。適当な口調で書いているが、流石にこの頭痛にはここ一週間ほど困っている。

 

  石澄香

 

【好きなもの】

 冷やした生きゅうり