石沈みて木の葉浮く

石は沈みて木の葉浮く

イラスト文章 つれづれ 学生

高めの襟でええじゃないか

「此間散髪に行った時、」

 

 と私が言うと、姉と母は仲良く同時に吹き散らかした。

「おまwwwww香さん散髪てwww」

美容室行ったて言いなさいなwwwww」

「その年齢で散髪って語彙はないわww」

かましわァーッ!!! 

 実は彼女らと他愛のない世間話の折に私が散髪という言葉を口にした時、毎回このくだりをやる。私が口にする散髪という語彙にツボるのだそうだ。何故か髪を切りに行くことを散髪と言うとダメらしい。いい歳した青二才が。

 うん、言われてみれば確かに散髪って言っている人、私以外では周りにあまりいない気がする。言うとすれば、髪切りに行ったとかヘアカットしてきたとか、それこそ美容室に行ったとか。予約電話をする必要がないからと重宝している○ットペッパービューティーでそういうのを探す時も、サイト上に散髪という文字は見ない。

 ホント、確かに私が思っている以上に私が発言する散髪という単語には違和感があるのかもしれない。自覚は全くと言っていいほどないため、謂れがないと感じることに対してはまず抵抗したがってしまうものだ。

 しかし常に己を俯瞰、客観視し、懐疑し、熟考することが、人として最も重要なプロセスの一つであると私は考える。

 

 ……いやでも散髪って単語に関しては母がよく言うてた気がするんやけどなァ〜〜〜ッ?

 一度も聞かない単語が脳にインプットされるなどそうそうないし、アウトプットとなると尚更だ。そして別に私は散髪という単語が頻発する書物は読んだ記憶がない。

 今の私に根付いている散髪というワードは、確かに幼い頃母が「アァタそろそろ散髪行った方がええやもしれんね」とかいう風に口にしていたところから来ているに違いないのだ。嗚呼違いないとも。だってそんな記憶が朧げにあるもの。

 

 そうなればまぁまぁまぁ百歩千歩譲って姉は許そう。しかし何故母の方が娘の散髪発言に毎度笑い転げているのか。絶対貴女の語彙がもとやと思うのですよ、私は。

 万歩譲って姉は許してあげよう。私よりはオシャンティでナウい生活を送っている彼女のことだから、年代問わず色々な話し相手を持つ妹のバイアス強めの語彙についていけないところもあるのであろう───。

 

 ───と思っていた私のサハラの如く寛大な心はその日の晩には消し飛んだ。

「いっつも風呂入る時風呂桶がさァ〜」

 などと姉が発言しその場で盛大に転倒したためである。

 いや風呂桶て。音声で沸きあがりと栓の閉め忘れを教えてくれるこのhigh-tech時代に風呂桶とか言うヤツおる? 脳裏に落とし蓋のアレが過ぎったわ。

 

「姉さんテメェ〜ッ!! 私の散髪を笑い飛ばしておいてよくもまァ風呂桶などというヒノキ臭え単語をーッ!!!」

「なんやとォーッ風呂桶風呂桶以外に言いようがないだろォーがッ!!!」

バスタブなり浴槽なり二秒で同義語出るやないか何を吐かすかァ!!」

「そんなハイカラなワードは使わん! あたしは風呂桶を貫くッ!!!

二度と私の散髪を笑うんじゃあねェ!!!

 

 多分また帰省した時同じ下りをやると思う。

 

  石澄香